鈴木清幸 会長

株式会社アドバンスト・メディア 代表取締役会長 / 鈴木清幸 氏

1952年1月13日愛知県生まれ。京都大学大学院工学研究科化学工学を専攻し、博士課程2年修了。1978年 東洋エンジニアリング㈱、1986年 (株)インテリジェントテクノロジーを経て、1987年 米国カーネギーグループ主催の知識工学エンジニア養成プログラム(KECP)を修了。1989 年に研究開発部長を経て常務取締役に就任。1997年 (株)アドバンスト・メディア代表取締役社長となる。2005年に(株)アドバンスト・メディアがマザーズに上場。2006年EOY (Entrepreneur Of The Year) 2006 Japanに選出、2007年モナコで開催のWorld EOY 2007の日本代表として参加。2008年に代表取締役会長に就任し現在にいたる。

学生時代の話

高校ではテニスをやっていたんです。中学校も高校もテニスを3年の夏までやり、そこから受験勉強をするわけです。高校のときは数学に非常に興味をもっていたので、当時の「大学への数学」にけっこうのめりこんでいました。でも、たぶん数学では生活していけないな、と思ったので、数学という興味をのこしながら、工学系で、自分が得意とする分野がどこかと探して。つまりは、物理か、化学か、数学か、その選択の余地を残せるような学部はどこかと探して、その3つが必須である学部がたまたま京大の化学工学部であり、そこに入ったのです。実際に大学では、学園紛争の影響もあり、やっぱり数学をするのです。「現代数学」とか、「数学セミナー」が愛読誌になっていました。京大には素晴らしい先生方が多くいまして、しかも先生方はストで授業がなくなっても、大学に来られるのです。そこで個人的につながりができたりなんかして、非常にいい学生時代を、こと数学に関しては、過ごしたわけです。その後縁があって、東洋エンジニアリングという会社の研究所にはいりました。しかしそこでは実験装置、データ収録装置、データ解析システム作りなど何もかもやらないといけない状況で、当初想定した研究ができなかったわけです。そうこうしているうちに、1984年にAIのビジネスが米国で起こり、日本にもその影響が及んできましたので、やはりAIのほうに興味が向きました。そこで日本のAIの草分けの会社に移ることになったのです。

AIのビジネスから音声認識のアドバンスト・メディアへ

人工知能のアプリケーションは非常に高価なのです。だから高利益を出している会社の、ほんの一握りの人たちが喜ぶようなものをつくることしかできなくて。やはりあまねく、色々な人が使えるようなものを世の中に出したいなという思いがありました。そういう思いを抱いている時に、丁度アメリカで、音声認識の天才たちと知り合いましてね。彼らは音声認識、僕は人工知能ですから。そこで意気投合しまして。そのころの音声認識では文章認識ができましたが、人が一生懸命機械にあわせていかないと認識できないもので、非常に不便なものでした。自分が不自由だと思うものを便利なものに変えることでビジネスが起こる。そう思って、不特定話者対応で、スピードの変化、抑揚、アクセントの違いに対応できる音声認識技術を創るためにできたのがアドバンスト・メディアという会社なのです。この会社のビジョンは先ほども少し言及しましたが、機械との自然なコミュニケーションを実現し、豊かな未来を創造することです。機械に人が合わせるのではなく、機械が人に合わせる形でのソフトコミュニケーション革命、これをやろうとしているわけですね。(因みに、従来のコミュニケーションをハードコミュニケーションといいます。)例えば、携帯に向かって話しかけてメールを作成できるサービスは今年の4月より月額210円で始まっています。さらにこれができたら、携帯にむかって音声で命令を与えることもできると考えています。例えば、携帯にパーソナルエージェント(個々のユーザーのために行動する一種の人工知能的機能を有するソフトウェアエージェント)がはいっていて、このエージェントに、今日のテレビ番組のどことどこを録画しといてね、と話せば、その主旨を全部とらえて、じゃあこうやればいいと判断して動いてくれるようになるとか。現在、そのベースとなる人中心の自然なコミュニケーションを実現する音声認識の技術で世界最先端に来たと思います。ここからさらに何ができるんだろうというのは非常にワクワクといった世界になりますよね。

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