田中豊 社長

アートグリーン株式会社 社長 / 田中豊 氏

昭和41年1月生まれ。成城大学を卒業後、バブル経済花盛りのリゾート開発企業に就職。サラリーマンをしながら業界を徹底研究し、平成3年に当時のリゾー ト開発企業の同期の仲間と2人でアートグリーン株式会社を創業。ビジネスモデルも、大手企業の子会社に親会社の利用している慶弔花の注文を受注してもらい、フラワービジネスに新規参入してもらう支援プラグラムを開発。 現在、全国の上場企業の関連企業にこのプログラムを普及する為、日々奔走している。

小学生の頃からの思い

自分の創業原点みたいなものが、すごい小ちゃい頃にありまして。僕、会社作ることはもう小学校の頃から思ってました。小学校の頃は、未熟児で生まれたって いうのもあって、体が一番小さく、いつもいじめられっ子。それに勉強は出来ないし、スポーツはだめでしょう。これはもう見返してやるのは社長になってベン ツに乗ってみんなの前に現れるしかないなあと思ってて。小学校のときは友達も少なく、学生時代は、だいたい高校生ぐらいから、すごく明るくなってきたんで す。大学は受験もせずにほぼエスカレータ式に上がっちゃったっていう感じでした。その中で、石の上にも三年というように、社会人になって誰かに仕えてから 三年ぐらいは我慢した上で、会社つくろうって思ってたね。

大学時代とかには、経営学、経済学経営学科に入って、貸借対照表などを勉強していたんだけど、やっぱり、経営はバランスがとれていれば、いいんだなっと。 入っていく金と、出て行く金のバランスさえとれていればいいんだ、っていうことが分かったので、あとは会社ってそんなに難しくないんじゃないかなって思っ ちゃってました。

サラリーマンで下積み

サラリーマンになった時、STDって、ゴルフの開発会社に、4年間いたんですよ。その当時、ゴルフ場ってすごく景気がよくて、法人接待用のゴルフ場はすご く売れていました。4800万円なのね、会員権が。それが、もう飛ぶように売れたわけ。自分が大学出た時、昭和63年だったから、もうバブルの丁度、パワ フルになりましたって時だったの。だから、その4800万円っていうゴルフの会員権が月に4個も5個も売れるわけよ。そうすると、新卒で入っているから、 普通にサラリーマンだったけど、報奨金みたいな形で給料とは別にお金がもらえるわけよ。 その時、結構いい時代だったから、3年間で1500万円くらいためれたのよ。報奨金とかの給料とかで。

フラワービジネスの原点

今は個人情報保護法が結構厳しいので、あんまりでなくなっちゃったんだけど、会社四季法っていうので、当時は、2500社ぐらい上場企業があるその中で、 生年月日と、出身大学と住所と趣味が載ってんのが見れたの。その趣味が、約4万人ぐらいの世の中を動かしている役員の人の趣味にあたると思って、それを正 の字で書いて数えてみたの。すると、一位が読書。二位がゴルフ。3位と4位が同点ぐらいで、園芸と旅行だったの。1位の読書って、紀伊国屋書店があって、 売れてるじゃん。次の、2位のゴルフって自分がいた会社じゃん。あの当時STDって会社が1000億円の売り上げだったの。だけどこれは、何百億っていう 開発費用が必要だから、ゴルフ場はちょっといけないなぁと。3位の園芸っていうと、当時、上場企業って、サカタのタネって、一社しかなかったの。それで、 調べると園芸は一兆2000億ぐらいの市場規模があったんだよ。当時、STDの社長の贈答の胡蝶蘭だけでも、月やっぱり1千万ぐらい送ってたんだよね。さ らに、調べれば、調べるほど、市場の競り入れと、それから、ぱっと売っている価格との差異ってのが結構あるって分かったの。あぁこれは儲かるなって思っ て。これは花だっと思ったの。別に花が好きで始めたわけではなくてね。これはニッチ商売かなぁっとも思ったわけ。企業グループの中にはなかったし、必ず法 人贈答用として8000万ぐらい仕入れるところもあったし。胡蝶蘭だけで見ても、300億ぐらいの流通量があるわけよ。そうすると、この何パーセントを とってもすごいなあっと思って花に決めたの。その中でも、一番単価の高い胡蝶蘭にしたの。

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掲載:2008年05月03日   category:ベンチャー

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