漆原慎太郎 講師

これからの展望

コミュニケーション能力をしっかりもって論理的思考の出来る人間、そして教養を持った人間を多く育て上げたいですね。高みを目指す意欲のある生徒のための講師、というのを僕は目指しています。そういう中で、ついて来てくれる生徒に、論理的に考えて思考する能力を、古文を通じて身に付けさせてあげられたらな、と思います。でも、そういう意欲のある子供たちは、ものを見る目に関して優れているので、こちらも人格とかではごまかせない圧倒的な教授力が必要なんですよね。だから、どんなに優しくなくても、面倒見が悪くても、圧倒的な強さ、圧倒的な学力、教授力、解法、論理、そういった引っ張る力というのが必要だと思うんです。感情に取り入ることのない教育というのがあってもいいんじゃないかな、と僕は思うんですよね。生徒には、しっかり考える力とか、人と競う力とかを付けさせてあげたい。競う力がないですからね、今の生徒は。僕はオリジナル授業と、単科授業ではとにかく点数を付けて順位を付けること、それを意識しています、数字はやっぱり原動力なんで。ただ、出来る子ほど数字に対して貪欲なんです。だから、数字とかを出来る子に意識させて、どんどんモチベーションを高めていくような空間を作りたいです。今は、それに対して最良の教材とか最良の環境を整えられるような準備期間だと思っていますね。例え今現在、学力の高くない生徒も気持ちが強ければ上に昇っていけると思います。考えるということを怠らないということ、表現することを厭わないという事、自分を表現するという力を持っている子だったら、僕は支えてあげたい。僕はそういう強い気持ちを持った子をどんどん引き上げる人になりたいです。僕は優しさではなく、強さを持った予備校講師っていうのが理想なので、それを目指していますよ。

大学に合格したことで目標を喪失してしまう人に対して

なにをすればいいのかな、難しいな。自分もそのひとりだったのですが、振り返ってみれば、僕がそうやって気づくまでにタイムラグがあって、大学一年の前期はもう本当に遊びほうけていましたね。でも、そういう時期があるのは仕方ないんじゃないのかな。どんなに目標を高く持っている人も受験時代は大学合格を目標にめちゃめちゃ勉強するわけで、その時に比べると、大学では目標喪失状態になってしまうのは仕方ないと思う。だからそういう、仕方ない自分を受けいれることが大事。目標は持てといわれてもてるものでもない、自然発生するしかないじゃないですか。だったら、自然発生させる環境を整えるしかないですよね。その現状を受け入れて、ただ目標がないなりに色々なものに触れてみる、やりたいことをやってみる、いろいろな人に会ってみる、そういう、どこかできっかけが見つかることを期待してやっていくといいと思います。絶対、自分で何か行動を起こしてみるとその中で何か自分の琴線にふれるものがあるはずなんですよ。今の時代は、なんか、目標を持とうって無理に頑張っちゃう人が多い気がするんですよね。心情って言うのはそういう強迫観念があるうちは出てこないものだと思うので、そういう時期が来るのは仕方ない、という心の余裕を持った上で初めて、出てくるものだと思いますよ。

MESSAGE FOR READERS

我慢しないで下さい、ということですね。自分がやりたいことや、自分が正しいと思ったこととかに対して、どうせ無理だろうとか言い訳したり、今を我慢するべき、と言い聞かせたりする人がいますが、僕は我慢をするべきではないと思います。自分がやれる限りを尽くしていったら、道は勝手に開けると思うので、なにかやりたいことを見つけられたら、そしたらあとはもう、ひたすら突っ走れ、と思います。そして初めていい道が開けるし、自分がやりたいことも出来るようになる。初めから我慢しよう、妥協しようというのはだめです。我慢と妥協は大差ないので。なんか妥協ということに素敵な理由を付けたのが我慢じゃないかな、と思うんです。だからやりたいことがあったら言う、とにかく自己表現をする、そういうことを言っていける人がどんどん強くなるし、成功するんじゃないかなと思います。自分の周りの環境がそれを許さないんだったら、自分が変えればいいんですよ、自分が変わるんじゃなくて。もっと今の子達は自己中心的になっていいと思います。自分をもっと強く主張してもいいんですよ。わがままになってください。

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