漆原慎太郎 講師

代々木ゼミナール 古文講師 / 漆原慎太郎 氏

1982年生まれ。岩手県出身。神奈川県の高校卒業後、2000年に東京大学文科1類に進学。進振りでは法、政治の方面ではなく国文に進む。大学在学中に代ゼミのチューターなどのバイトを経て、2004年、卒業後に代ゼミの最年少講師となる。現在は代ゼミで東大コースなどを持ち、多くの学生を教える。

学生時代の自分

高校では、充実した高校生活を送れるように、いろんなことを心がけました。部活、勉強、行事といろいろなことがあると思うんだけれど、そういうものに関しては、全部関わるようにして、両立しました。ただ、その分学校外での活動はほとんどしてなかったので、そういうこともしておけばよかったかなって思います。僕は高校時代に自分のやりたいことを決められる子が分からないんですよ。環境も何もないのに、何でそうやって道をきめられるんだろう、と。本当に自分が何に適正があるかって、高校三年間じゃ得られないと思います。だから、将来のことは本当に漠然とした憧れで、くるくる変わっていました。でも全部憧れとか、何も情報がない状態で決めていることだから、大学に入って実際にその学問の入り口にだけでも触れないと、分からないことだったんだろうな、と思うんです。だから僕ははっきりいって高校時代は何も考えてなかったです。もう目の前の高校生活をいかに充実したものにするか、その一点でしたね。

教育関係への興味

東大に入ったときは文一で、最初は官僚志望だったんですよ。だから、政治経済学とかも将来の官僚生活のためにと思って、1学期は履修してみたんだけども、自分に合わなかった。また、そのときにバイトで後輩を指導していたんですね、そっちのほうがすごく面白く感じて、じゃあ、自分が向いていることとか自分の環境に許されたことをやるよりも、自分がやる気のあるものをやる、適正がある、やっていて面白いものをやったほうがいいだろうと思いました。もちろん周りには、自分の能力を生かさないのはもったいないという事で反対されたんですよね。文一から国文に行く事は普通反対されるじゃないですか。だけど、自分は、やる気がある、適正があるのにやらないほうがもったいないということで、親にも反対されつつ、反対を押し切って文学部に行きました。古文の面白さは、意外と理論が通じるところですかね。受験古文で理論が通じるのは当たり前として。じゃあ、研究、文学には理論は通じないんじゃないか、と思いきや、しっかり考えていくと、深みにたどりつける。多くの知識、多くの典拠を求めていくと、より深く読んでいける。ひとつのことに対して深く深く知れること。浅く広くではないですよね。その深く知れる快感というのは結構古文は大きいんじゃないかと思うんですよね。学問領域としてそこまで広いものではないんですが、その分深みというのは、ほかの学問に比べてあるんじゃないのかな。そういう印象をもっていますね。

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