湯浅誠 氏

自立生活サポートセンター・もやい事務局長・反貧困ネットワーク事務局長、内閣府本府参与 / 湯浅誠 氏

1969年東京生まれ
2001年「自立生活サポートセンターもやい」を設立
2003年東京大学大学院博士課程単位取得退学
2008年末に年越し派遣村開設
2009年内閣参与就任
2010年内閣府参与を辞任。後に再就任し現在に至る。

学生時代

学部生の時は不真面目でしたね。大学に行かない大学生でした。1年間で1時間しか大学に行かないなんて年もあったくらいです。それでも、学部を卒業したらどうするかを考えたときに「人に雇われる仕事は嫌だ」と思ったんです。それで弁護士を目指したこともあるのですが法律の勉強を好きになれなくて、だったら学者になろうと思いました。でも、私のころの大学院は入学基準が厳しかったので、それからは比較的まじめに単位を取っていました。その後、大学院に入った時に友人がホームレス支援をしていまして、それを見に行ったんです。これが貧困問題に取り組むきっかけになったんですが、今のイメージで言うとベンチャー企業みたいなものですかね、貧困問題に対する活動というのはその時期(1990年代半ば)に始められたものでして、前例が何もないわけです。つまり、ああするといい、こんなことしてみたけど全然だめだった、というようなアドバイスが全然ないわけです。でも私なんかは、そういう手探りの状態で試行錯誤を重ねながら活動するというようなことが好きなほうでして、のめり込んでいったんです。ある時期までは大学院と並行してこういう活動をしていたのですが、途中からあまりに忙しくなって貧困問題に対する活動に専念するようになりました。それが現在につながっています。

公職に就いて

NPOでも内閣府参与でも貧困問題に取り組んでいるのは同じ。根本的なところは変わらないんです。とはいうものの、実際に政府に入ってみて政策を作る側の理論というものがあると感じました。どういうことかというと、政策を作るとなると「そんな政策には反対だ」という人も含めて納税者なわけで、そういう方々も念頭に置いた理屈みたいなものを考えないといけないわけです。これまではずっとNPOという形で活動してきて、やりたい人たちが集まって活動していました。そういう活動の仕方では得られない視点を学んだと思います。それと、物事を動かすのに非常に手間がかかるというのもあります。私は内閣府に所属していますが、この霞が関っていうのは出先機関も含めると30万人の社員をかかえる大企業みたいなもんで、まずその中で色々と交渉しなければならない。厚生労働省とか総務省、もちろん財務省とも交渉しないといけません。そのうえで、実際に行政サービスを行う自治体とも交渉しなければなりません。こういう風に非常に複雑な手続きを踏むというのも公職に就いてはじめて経験した事ですね。

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