太田智文 社長

株式会社ピグマ / 太田智文 氏

1974年生まれ。神戸大学経営学部モチベーション学科卒業後、ベネッセコーポレーションに入社。その後、人材の管理・育成の業務にたずさわった後、個人のキャリア支援のスキルアップのため、日本で100名程度しか取得していない国際コーチ連盟認定資格「CPCC」を取得。2003年に株式会社ピグマを立ち上げ、現在代表取締役として活躍。

大学時代

大学時代に日経新聞を見て学生を募集している会社に電話して、そこで社長の秘書みたいなことをやらせてもらったことがありました。その中で社長の横顔を見させてもらいました。他の会社の社長と接する機会もあって、こういうの面白いなと思っていました。それがきっかけっていうのもあって会社をやりたいなって思っていました。そのインターンシップ先の会社には就職しなかったんですが当時事業家募集をしていたベネッセコーポレーションっていう会社に出会って入社しました。たまたま行ったときにお話をしていた事業部長の方がすごくベンチャースピリッツにあふれた人で、この会社だったら自分の力を発揮できるかなって思ったんです。まだ大学生の時分だったから自分がどこまでできるのかなっていうのもあってベネッセに入りました。

ベネッセをやめたわけベネッセをやめたわけ

自分はその時27、8歳かな。30歳までに人は何か見つけなきゃいけないんじゃないかっていう思いがあるんです。逆に30歳までいったら何やってもいいと思っていて。そういうときに自分の人生のリスクを考えたんですよ。このまま大きな企業の中でお勤めし続けることと、28歳というタイミングで会社を興すことをやったときに、40歳になったときにどっちのほうが自分の人生のリスクは低いか。普通は大きな会社にいたほうが人生のリスクは少ないと思うのかもしれないけど、自分はそんなことはなくて、トータルで考えたら間違いなく自分で会社を興して苦労していろんな人生経験をした方が私なりには10年後必ず自分の道はさらに開けているんじゃないかと思ったんです。なのでその28歳という時に会社を辞めて自分でやろうと思ったんです。不安はまったくなかったです。リスクが低い方を選んだわけだから全然怖くはなかったです。

インターン事業を始めたわけは?

一つは私が大学時代にインターンシップをやっていたことが大きいですね。後もう一つ、私が会社を興す前にコーチングの資格を取る勉強をしていたんです。その中でボランティアで土日とかを使って大学生の皆さんに就職の応援をしていたんです。すると、次第に大学生が1000人ぐらい自然と集まってきたんです。それで、これをきっかけにインターンシップ事業をやってみたいなって思ったんです。 今はインターネットやビラを使って人を集めますが、当時は大学生向けのイベントをやったり飲み会やったりとか地道な活動をしていました。当時私は会社員のかたわら、原宿にバーを借りて2週間に1回飲み会をやっていました。そこではクリエイターやサラリーマンや大学生など色んな人が自由にその場を使ってコミュニケーションしていました。そういった活動を、会社を辞める1年前からずっとやっていました。そういったこともあって色んな人と人脈ができて今の仕事をやっています。  私は、インターンシップを問題解決の一つでしかないと考えています。インターンシップは学生に対しても企業に対しても、すべてが解決するわけではないです。そういう中でインターンシップを活用して学生のみんなが自分を気付くきっかけになればいいと思うし、企業も自分なりに気づくことがあればいいと思います。つまりインターンシップで全てを解決しようという考え方ではないっていうのが他の会社との大きな違いだと思います。

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