伊勢崎賢治 教授

平和というメッセージはうまく届かない

心の中で平和を目指すのはいいことです。だけど、たとえば、平和は大切だ、と広告をだすとします。ホームページで、「平和が大切だ、平和が大事だ!」ってね。でも、その広告を日本で出したら、こいつらの裏に誰がいるんだ、と思われたり、疑われたりするんです。それでは、同じような広告を、パレスチナでやったとします。パレスチナとイスラエル。すると平和が大切だというメッセージ、これは、ハマスとかパレスチナ側を糾弾するメッセージ、政治的なメッセージだととらえられてしまう。だって中立じゃないんですから誰も。しかも平和が大事だというメッセージは、次の言葉の含みとしては、平和を乱すやつがいけないというメッセージに摩り替わるわけです。平和を乱すやつがいけない、それが誰かといったら、パレスチナの人たちになっちゃうわけです。そしてパレスチナ人への攻撃が始まる。ようするに平和のメッセージはうまく働かないというわけです。そういうところで平和が大事だと言っても、平和のメッセージというのは、平和を目指す人たちに対する攻撃がいけないんだという、そのためのプロパガンダ(特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する宣伝行為)に使われてしまうんですね。

平和というプロパガンダ

世の中にはすでにバイアスがあるわけです。テロリストというのもバイアスですよね。今誰かが、テロリストとしてブランディングをしちゃえば、それで、その人たちは、世界の敵になっちゃうわけですよね。ほんとはフリーダムファイターかもしれないのに。実は、パレスチナの人たち、つまり、PLOや、ハマスは、地元の人にとって、解放軍なわけですよ。圧制に対して戦っているわけですから。でも西側から見たらあれはテロリストになる。では、テロリストだ、と誰が言っているのかといえば、ブッシュさんが言っているわけですよ。それに、テロリストの認定解除というのが時々行われますが、その基準はどこにあるのかといったら、実はないんですよね。しかも、いま誰がメディアを握っているかといえば、ユダヤ人のマフィアですよね。ハリウッド映画もすべてそうです。実はメディアとはその媒体自体がもうバイアスにかかっているわけです。だから、そこで平和が大切だというメッセージをだしたら、平和を乱しているのは誰だ、というふうになるわけです。平和を乱しているのはテロリストだ、パレスチナ人だ、パレスチナ人への攻撃、というふうになる。平和のメッセージがね。だから平和とは極めてポリティカルな問題であるといえます。宗教にも利用されることもありますし。そういった意味で、平和を語ることは少なくても僕にとってあまり意味がない。どんな宗教的な考え方も超えて、目の前の現実として誰もが理解できることは、人が殺されることでしょ。それも人が大量に殺されること。これはとめなきゃいけない。それは、いろいろな教義や政治を超えて取り組まなければならない。僕はそのことだけに集中したいと思っています。

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