伊勢崎賢治 教授

東京外国語大学大学院地域文化研究科 教授 / 伊勢崎賢治 氏

1957年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。インド国立ボンベイ大学大学院に留学中、現地スラム街の住民運動に関わる。その後、国際NGOの一員としてアフリカで活動。2000年3月より、国連東チモール暫定行政機構上級民政官として、現地コバリマ県の知事を務める。2001年6月より、国連シエラレオネ派遺団の武装解除部長として、武装勢力から武器を取り上げる。2003年2月からは、日本政府特別顧問として、アフガニスタンにおける武装解除を担当。現在、東京外国語大学大学院地域文化研究科教授(平和構築・紛争予防講座)

建築家から国連NGOへ

僕は建築家を目指していたわけだけど、元々あまり就職する気がなくて、建築家になっても、大学の研究室を持ち、外の仕事を発注しながら、都市計画を研究する、そういうのを理想としていたわけです。でも、当時の日本の建築と都市計画っていうのは、研究の立場から見ると、どう考えてもニーズがあるとは思えなかったんです。本当に人がこまっているようなニーズもないですしね。そこが僕はいやだったんですね。自分がやっていく専門分野の可能性があり、そしてそれが必要とされるところ。そこでどう研究が生かされるかが見たくて。日本はそういう意味では違うと感じましてインドに留学しました。インドでは、日本語以外の言葉もしゃべれるようになり、また都市計画からとびでて、開発というのに対して実地経験を積みました。から、それをいかせる場を、日本で探してみたのですが、みつからない。そこで、国連にいくという選択肢もありましたが、国際NGOのほうが、待遇がよく、大変大きな活動をしていたから、国際NGOにいくことに決めたんです。この決断を下した基準として、ちゃんと食べていけること、つまりそれ相応の給料をもらえることは大切でした。常日頃から思っているのですが、プロとしての職能がちゃんと評価されて、誇りを持って働けるようなことが、ずっと僕が追い求めてきていることです。僕はいつも、いつもプロとしての自覚があります。給料はその評価の一つですね。それに加えてやりがいもある職業を選んでいますから充実しています。

平和とは何か?

その質問はなかなか答えられないですね。なぜかというと、平和とは主観的なものだと思うからです。僕の平和はあなたの平和ではないといえますし。日本の平和がアメリカの平和どうかも分からないです。もしかしたらアメリカの平和はこのまま日本が思いやり予算を出して、沖縄に負担を押し付ける構造を維持することかもしれないが、それは沖縄の人にとって平和ではないですよね。だから、平和というのはわかんないですよ。果たして、構造的暴力のない状態、つまり、武力衝突がないだけじゃなくて、武力衝突になるような原因もない状態、そういう状態が平和というのだったら、そういうのを目指すのはいいけど、ほとんど宗教の世界ですよね。僕は宗教をやるつもりもないし、絶対に僕の孫の代でもそういう時代はこないと思います。そういうものに関して僕は、残りの人生を費やそうとは思わないんです。そうではなくて、僕は、目の前に起こっている紛争で、人が死ぬのを最大限にとめたい、そこに人生を費やしたいと思っています。そのための方法論、そのための科学を研究して、ここの大学で教えたいですね。それだけです。平和学でよく積極的平和とか消極的平和とか定義してやっていますが、あんまり興味はないです。それは自己満足に終止してしまいがちだと思っていますので。

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