下澤嶽 事務局長

国際協力NGOセンター(JANIC) / 下澤嶽 氏

1958年愛知県生まれ。大学卒業後、英国のCSV(Community Service Volunteers)の1年間ボランティアに参加。帰国後、日本青年奉仕協会、世田谷ボランティア協会を経て、1988年には(特活)シャプラニール(=市民による海外協力の会)の駐在としてバングラデシュへ。帰国後、1998年に同会事務局長。2002年7月に退職し、2006年7月より(特活)国際協力NGOセンター(JANIC)事務局長。平和構築NGO ジュマ・ネット代表。

ボランティア活動のきっかけ

僕が大学に入った頃、昔のような学生運動はすっかり影をひそめ、4年間をのんびり、アルバイトや旅行、遊びで過ごし、政治の「せ」の字も関心がない学生が多かったと思います。僕はそういった安楽的な感覚になじめなかったんです。当時、自分が入っていた学生寮には、政治活動に熱心なグループがまだ生活していて、マルクスレーニン主義や政治のことを一晩中話し合ったりする環境がありました。皆、真剣だったしいい勉強にもなったのですが、学生たちが口にするマルクス議論が教条的でなじめなかったんですね。ちょっと違うなって思ったときに出会ったのが、ボランティア活動です。

ボランティア活動のきっかけは、大学3年生のころ、友達から声をかけられ、重度障害者のピクニックの介護ボランティアをしたことです。私の大学があったのは人口30万くらいの街でしたが、そんなに重度の障害者がいるということをよく知りませんでした。最初は慣れていないこともあって、違和感と緊張がありました。しかし、お弁当を食べさせてあげたり、トイレ介助したりするうちに、全然自分と変わらない人たちだということが分かり、徐々に友達のように接するような感覚になったんです。ボランティア活動って崇高で偉い人がやる、宗教的な動機をもった人がやる特殊な世界と思っていたのが、普通のことじゃないかと理解できたんです。

インド旅行にて感じた日本

大学生になって、どこか外国旅行をしたいという漠然とした思いがありました。未知の世界に飛び込んだり、新しい出会いをつくることに関心があったんです。最初はアメリカでも行こうかなと漠然と思っていました。ある方に「アメリカはいつでもいけるじゃないか。もっと違う文化を見てきたら」と勧められたのがインドでした。インドは神秘的な世界観を持っている、おもしろそうだと思い、行くことにしたんです。行ってみて、インド社会に内包されているエネルギーと貧富の差に圧倒されました。貧困者や病人、女性といった社会的弱者が路上で物乞いしていたり、旅行者から利益を得ようと群がってくる観光業者など様々な人がいました。強いカルチャーショックを受けました。同時にインド社会の奥深さとかやさしさ、暖かい面もたくさん感じました。日本社会がこれだけ豊かなのは特殊であって、世界の人口のほとんどの人がこういう状況に置かれた人たちで、今の地球社会の本来的な姿はこちらなのかもしれないと考えるようになりました。それから世界観の座標軸がグーっと変わりました。日本社会の規範で生きていくのはそんなに大事なことではないと思うようになったんです。

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